かろうじて写ってた最北の海、こわくない
１９９９年２月号の詩作品
★次の枠の中から、何かにあてはまる言葉を選んでみましょう。
| ａ 呵責の底、暗い無間が明けたところには 美しい名の川が流れていた。 ｂ それは夢そんなのは幻想 ｃ 私はもともと 別人だから構わない訳なのだけれど ｄ そこで私は微細な変化が無に等しい 想像上の宇宙について語った ｅ ふたたび第三者の拍手とアンコール ｆ |
他者との間のドライフルーツ
ＢＹ T.M
私は乾燥したイチゴをかじっている男と
とりとめのない話をしていた
お互い用事はなく
時間を気にしていないようだった
私は造山活動の激しい土地で造られた
道の褶曲について語った
彼は一般的な海の荒波について語った
そこで私は微細な変化が無に等しい
想像上の宇宙について語った
すると彼は喉が渇いたと言って
水を捜しに行ってしまった
彼を待つ間私は
ジャケットのポケットから乾燥したブドウを取り出し
かじっていた
今月のピカイチ！
＊Ｔ．Ｍ profile
ミネソタ通信
山中隆史
○
裸の女が立っている
服を着た男が立っている
○
裸の男が仰向けに倒れている
服を着た女が背を向けて立っている
○
下半身裸の男が手鏡をのぞきこんでいる
鏡には胸をはだけた女が映っている
○
服を着た男がバスタブでシャワーを浴びている
裸の女が四つんばいになり
衣装ダンスの一番下の引き出しから手紙の束を取り出している
○
下半身裸の女が窓の外を見ている
服を着た男がドアから出てくる
○
「コーヒーを一つ」
「ミルクと砂糖はいかが？」
○
テーブルの上に裸の男がうつ伏せに倒れている
テーブルの下に裸の女が仰向けに寝そべっている
○
第三者の笑い声が聞こえる
○
下半身裸の男が靴下をはきパンツをはきズボンをはき立ち去る
○
第三者の拍手とアンコール
○
下半身裸の女がお辞儀をする
服を着た男がズボンを脱ぎパンツを脱ぎ靴下を脱ぎお辞儀をする
○
ふたたび第三者の拍手とアンコール
○
下半身裸の女がパンツをはきスカートをはき靴下をはき立ち去る
○
裸の男が立っている
服を着た女が立っている
ゲストよん。
＊山中隆史 profile
プッチーおじちゃん
大橋政人
私は 気弱なので 人の名前をはっきりと呼べない 相手が 子どもでも 幼児でも 恥ずかしくて呼べない 人の名前を呼ばないから 私自身の名前も呼ばれない 名前を呼ばれないから いつも人とは違うところで遊んでいる 私はもともと 別人だから構わない訳なのだけれど わが家にはことし 一三歳になった老犬プッチーがいる 甥の子も姪の子もプッチーが大好きで プッチーを庭で追いかけまわし そのついでに 私のことを プッチーおじちゃんと呼ぶことを覚えた 子どもたちもそれで 内心、だいぶ安心したみたいだし 私も犬のおかげで 少しばかり別人でなくなった つまり 犬とひとがかえで やっと一人前になった私である
『混線ぺんてか vol.6』より
＊大橋政人 profile
まばゆい日
根本明
理不尽なビニールの管の藪を 赤黒く手が苦しむ。 その窓は 崖にあって 時折ススキを渡る黄金の風にも晴れることなく 譫妄のまま閉じた、だろうか。
十年後のおだやかな秋を、 上流から 子と歩いてくるのが窓から見えるに違いない。 呵責の底、 暗い無間が明けたところには 美しい名の川が流れていた。 水と木々に沿って この日、 賑やかにいさかうカケスの群れや 瞑想するサギたちをスケッチした。 ちょうど窓の下あたり 青くまたたいてカワセミが水面を打つ。 見える、 よね。 歓呼して子が 野焼き後に伸び上がる植物のように笑う。
個と類が見定めがたく折り重なる流れの淵で まばゆい日には 父よ、 灼熱の刻をそうなだめてもいい、かな。
『ｌｅｔｔｅｒ 1』より
＊根本明 profile
愛したいよ
樋口えみこ
ときどき、夢みるんだ 死んだ人たちが集まって 立食パーティーを開いているの みな、楽しそうなの 私もいつかそこへ行けるのかな
誰も答えてはくれない ただ私の頭の中で笑っているばかり 恨んでいるのか、 わかってくれているのか、 生きてる時より賢くなるとは思えないけど 死んだ人たちは死んだ時から私のとても近くに 住んでいる
ねえ、死んだ人たち、 もう死んでしまったのなら この目の前にあるやりきれなさを どうすればいいのか教えてよ
生きている妹に、 私は向き合うことができないんだよ 生きている恋人に、 生きている友だちに、 生きている父親や現実に、
生きている人に向き合うと 痛かったり 憎んだり 自分を嫌いになったり するからだ 生きている人の荷物は とても重たい
テレビのコードも パソコンのケーブルも電話線も ハサミでチョキチョキ切ってしまいたくなるよ 実際は そんなふうに切断できるものは 少ないから
ねえ、死んだ人たち、 今どこにいるの 笑ってる？ 哀しいの？ 私の思う卑劣なことや 恥ずかしい踊りも 今のあなたたちにはお見通しだね 生きていれば何とかなるって ほんとうですか
死んだ人たちを友として 生きている人を愛することができるのかな
愛したいよ、妹を 愛したいよ、血のつながった人 つながらない人 善良な人 かたくなな人 ただそこに生きている 薄曇りの目の前も 愛したいよ 不完全さを 愛したい うんざりするような 過去も自分も これからも 愛したいのに
ねえ、死んだ人たち、 どうしてこうなってしまうんだろ
子どもの頃、眠るまで見てた 走馬灯のようにパーティーの絵が回るよ 意地悪な人もノウタリンな人も 不運な人も不器用な人も そこでは仲良くやっていける 誰と傷つけあうこともなく もう病むこともない 緩やかに回るパーティー いつか、そこでいっしょに 桃やバナナを食べたい
それは夢 そんなのは幻想 死んだ人たちはもうどこにもいないんだ すべて後悔が生んだつじつまあわせの映像
ねえ、死んだ人たち、 どこにもいないんだよね
生きている人たちは まだここにいるのに なぜ私は呼びかけることができないんだろ
誰も答えてはくれないね
『あなたの使う愛してるの言葉は』より
＊樋口えみこ profile