繰りかえし繰りかえし
１９９９年３月号の詩作品
★次の枠の中から、なにかにあてはまる言葉を選びましょう。
| ａ 溺愛 ｂ 迷宮 ｃ 失墜 ｄ 混沌 ｅ 森林 ｆ 地球 |
失墜 …此下慎也
私が知っているのは海 雪落ちる寒い夜に服を襲ね 向かい風遮り腕広げ羽撃けども 荒れ模様の波間に舞い落ち しとどに泣き濡れた貌呑まれて
いいえ舞い落ちるのは 温もりもしない月明りに翳した ひび割れた手の平の影 繰り返し掬い上げる仕草に漏れ落ち 群がり立つ波頭に揉まれて砕けて
冷めて行く宵闇深く沈みもしないで 誰知らぬ何処かに流れ着きもしないで 暮れなずむ宵闇に何時か溶ける迄 いいえ嵐に抗う林の 引き摺る影法師に紛れる
私が知っているのは 既に枯れ果てた翼を もぎ取られた痛み忘れて 蒸し暑い午睡に寝返り打つ 汗みずくの背中に燻る夕映え
いいえ骨砕けるままに 胸座を引き掴み抱き寄せ 崩折れるままの膝から手折り 鷲掴みに握り潰す侭に したためよ溢れ出る血潮で
駆け抜ける秒針が掻き消す 逃げ水浮かぶ足跡を掻きなぞり 鴉の羽一縷落ちる 風萎えた高速道路を辿り 立ち尽くす暁の夢剥がれて
今月のピカイチ！
＊此下慎也 profile
わらうもり …八木幹夫
きが におう
らせんに みきを しめあげる つる
かぜがやんで ひかりは みどりのうえで あそぶ
みずは くびすじを ながれ くさのしげみへ
はじめての ことばを まっている ゆびのうつくしいひと
あらしのあとの
きりかぶに すわる みえない おとこ
ものがたりは いらない
だれも のっていない じてんしゃが くちぶえをのこして ふたりのあいだを とおりすぎる
ぶわ ぶわ と おおきな つばさをひろげて もりが わらう
『混線ぺんてか vol.10』より
＊八木幹夫 profile
〜溺愛〜 …片平優子
やっと指先のにおいが取れたところで 男の電話だ 夜半すぎには雨になるでしょうと テレビも新聞も電話でも 皆親切に正確に伝えてくれる 一度脱ぎ捨てたスカートを パンパンと形を整えて再び穿く 一日分の湿り気と埃を閉じこめて 毛１００％が私の腰回りにまとわりついている 最近のストッキングは 堅固でたくさんうんちくがあって 爪先からお尻まで引っ張りあげるのに 決りごとが色々大変 ただ引きずりおろすだけの人には そうね 知ったこっちゃないわよね そんなヒワイな独り言より先に もっと疎ましく波打つ場所のことは おくびにも出さないつもり
昼間のビールが未だ抜けないのに 行先を告げたきりの助手席の男は もう眠りについている（ふり） エンジン音と共振する シフトレバーの握りのかすかな震えと その形のはっきりした感触は とてもエロティックな気分 見透かしたような指が スカートをたくしあげてもなかなかたどり着かない ささくれが伝線を走らせる それは男と私の了解済みの欲望線 繊維の縒りめからさらされた部分が 対向車のライトに照らされて 薄目をあけた男に効果絶大だったかしら こんな形でゲイゴウしてしまうのは ヤブサカではない？
もうことさら慎重に 言葉なんて選ばなくても 走りぬけながら閉ざされている囲いの中では 降り始めた大雨とワイパーの狂ったようなダンス そして私の声 男の無言の声 私が踏み込むアクセルと 同じ放物線を描くだけ ただし かお
バックミラーに映す表情には気を付けて
スカートがすっかり皺だらけになっちゃったよね 次のインターが近づいても まだ行先はいくらでもあるから 愛が溺れるほどあったとしても 先送りすることだって可能なのだ
「letter」より
＊片平優子 profile
地球の子供
狩野 務
夏になると蛙の声が聞こえ 秋になると こおろぎやすずむしの声 冬には白い雪景色の中 白鷺が舞って 春には桃の花や梅や桜を観て そうして 幾度も同じ音や色 匂いに触れて 私は大人になった しかし本当は私はまだ この地球の子供であり それは幾つ歳を経たところで 変わらないと思う いつの間にか 白髪の皺くちゃだらけの 老人になろうと 私はこの地球の子供
『混線ぺんてか Vol.10』より
＊狩野 務 profile
そーる …樋口えみこ
柔らかくて 丸まっこいものよ、 おいで フワフワけばだって 喉に突きささるもの、おいで きつく抱きしめて崩れてしまうもの、おいで 痛い思いで毎日笑顔を浮かべているものよ、おいで とうにいまを忘れてしまったものよ、 鋼のやいばで切りつけるもの、おいで 深く私を切り込んでおくれ しゅーちゅー、できるように カミソリの刃で毛布のように 包んでおくれ、冷たいものよ ドロドロに溶けて進むものよ、おいで かたくななものよ、おいで ヤケドのように強靱なものよ、おいで なめした革の陶酔よ 燃える氷のように 鉱物のやさしさで 痙攣の甘美さで 破綻の完璧さで 磨耗の神秘で くるものきえるものよ 遠く バネのように拡散する たましいの運動 ねじのついたプールの歓声 まぶしい光のように謎に満ちて 落ちていく こぼれていく それらは 深紅のドレスをひるがえし 平手打ちをくらわせる べとべとした液で頬をなでる カナシイノ？ なんでもないことが あたしがなんでもないことが あたしをふくむここがなんでもないことが あたしをふくむここをふくむものがなんでもないことが あとにもさきにも 北国の 磨りガラス越しに見る雪景色の ゆくえ ほっとする 殺人現場 ありきたりなアパート せむし男が住んでいる ご飯茶碗とおつゆの茶碗が並んで湯気をたてている マッチ箱に人差し指が眠ってる 象牙の塔を咬んでいる 繰り返し繰り返し おいで、 みつばちのささやきに身震いするものよ 針で刺すいたいけなものよ おいで、 濁った象のしわのように疲れていて 跳ねている あたしのたましいよ 反射する 収斂する 波に翻弄されるあなたの胸で鼓動するもの 嵐のわかりやすさ さざ波の無感動 感じなく なっていくものよ、 おいで、 あたしに、 くたくたに、 バラバラに、 さらさらに、 おいで、 揺れている 徒らに 打ち砕けて イキテイル ヘナチョコナたましいよ
詩集『なにか理由がなければ立っていられないのはなぜなんだろう』より
＊樋口えみこ profile