Ｏｂｊｅｔのへそ
遠田 誠
ゴールを見失ったランナーが めくらめっぽう全力疾走
ラムネにビー玉 シャツにボタン 電話にダイヤル サイに角 時計に振り子 カメラにレンズ 自転車にサドル 靴に紐 机に引出し 鞄に取っ手 土星に輪っか ドーナッツに穴…
ドーナッツの真ん中が開いていて、そこにはネジレが生まれてて 指を突っ込めば裏返り、引っ込めれば元通り 吸引と放出の境目の、ほんの一瞬の出来事 くぐれるくらいに大きかったなら、全部ネジレてしまえたろうに 無い穴こそがそこに在る、手に入れる事は不可能に近い それなら他に術はない、つまんだドーナッツひと齧り 穴は弾けて飛び散って、空気の中へ消えちゃった
異様に覚醒した身体の暴走と 半ベソかきかき必死で追う脳
褪せた記憶のうまい収納法よりも 新鮮な陽炎をさばく腕とカンを 所有する事の豊満な喜びよりも 放棄してゆく飢えた身軽さを
車を呼んで目的地へ、出来るだけ遠回りで 「着かないかもしれませんぜ お客サン」 食堂でオムレツを注文、ありったけの卵を使って 「そんなの焼けないよ お客サン」
宇宙の外は腹の中 末端の自分が全ての中心 明日目覚めれば他の誰か 終わらない終われない
96年7月
「letter red」に収録