うまくいっているひと、うまくいかないひと、傷つけられたひと、傷つけたひと、 ひとりぼっちなひと、しあわせなひと、かなしいひと、いじわるなひと、 やさしいひと、つかれているひと、はりきっているひと、たかぴしゃな ひと、ひねくれたひと、すなおになれないひと、だいすきなひと、 きらいなひと、 絶望しているひと、 すべてのひとの誕生日を、 お祝いします。 higuchi emiko

たんじょうび


私はたぶん
腐っていくだろう

このまま
なににもならずに

ちいさな
アスファルトトラックを囲んで
並んだベンチに
ビルとビルの間から
最後の光がおりてくる

あの人のことが好きだった

手が震えて
ジュースを落としてしまう

とびちる色水

もう
失えない

廃校になった
小学校の校庭に
集まっているのはおとなたち

もう
汚れていくよ

それでも
たんじょうび

誰もいない校舎で
人体標本がダンスしている

眠りにつく太陽が
この世の色を塗りかえていく

鉄棒の色を
バスケットゴールの色を
いない子どものはずむ息づかいを

赤い
部品のような鳩の脚が
土の上に
はかない影を作っては消していく
ひとつまみの脳味噌で
コクコクと首を振りながら
何を考えて
いるの

隣の
ベンチで
居眠りするひとの
顔の上の新聞紙に
木もれ日の模様が
揺れて
少しずつ移動して
少しずつ見えなく
なっていく

からっぽなウサギ小屋を
あいまいな色のヴェールがつつみこみ
ちいさなおとなの校庭は
もうじき
何も
残らない

それでも

ビルと
ビルの向こうに
空が
まだ
なんて
広い
痛いんだ

胸を焼く
穏やかな今の光は
がまんした子への
ごほうび

幻の校庭に
下校のチャイムが鳴り響くよ

＊詩誌『letter 3』より
樋口えみこ profile/99.11TOP/TOP PAGE/今月の作者紹介

「まあ、ねぇ…仕方ないよねぇ」