penteka guest！　　　

家族の食卓
小林泰子

どこの家の食卓にも

見えない少年がいて

見えない膝を折り曲げ

あるいは見えない腰を見えない椅子にそっとのせて

見えない茶碗を手にとり

見えない夕食を見えない箸で見えない口に運んでいる

少年は十四歳

たいていは無言

ときおり聞こえない言葉をあたりに撒き散らす

家族は小さな破片を感じとりはしても

意味まではつかめない

少年は見えない指を神経質にふるわせ

聞こえない声でののしり

見えない足で見えない椅子を蹴り倒し

そのまま出ていってしまう

でもいつも夕食には戻ってきて

聞こえない声で「ただいま」と言う

少年には日射しを舞う埃のにおい

雑木林の葉むらにひそむ暗がりの

腋の下を冷たく湿めらせるひとすじのおののき

買いたての週刊誌のザラ紙の

かぎとることのできないにおいが絡みついている

見えない少年は見えないバケツを持って

見えない血をテーブルの下にぶちまける

見えない血で濡れた家族の足が

見えないまま乾いていく

さびしいにおいが鼻に届かぬまま床に澱んで

見えない少年は声をたてずに泣き

くちびるを曲げないまま笑う

家族の首にそっと手をかけ

離した手をゆっくり宙に浮かべる

蛍光灯を浴びて白く光る

置きどころのない長い指

見えない紙で飛行機を折り

ついと飛ばすと

どこでもないところに消えていった

＊縦組みバージョンあり


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