木蓮幻想 木村靖
飛び立つ一瞬前の白い小鳥たち
冬の間にまとっていた毛皮を
何のためらいもなく放り投げ
（土の上、小鳥の数だけ、
ころがるそれらを僕は拾い上げ、）
ナマヌルイ今日の光に身を隠す
そんなやましさなどとは正反対の
（僕はただ、甘えられなかった日々の、
うつろさに甘え、）
見下ろす視界を知らない小鳥たち
臆病なむこうみず
逃げるために向かうどこか
（見上げる度に、手を叩いてみる、
今こそが、今こそが、）
放たれた
きっかけは名残りの北西の風
＊
「木蓮幻想」覚書
ハクモクレンの花が好きだ。ハクモクレンが枝一杯に咲き誇っている姿を見ると、「飛び立つ一瞬前の白い小鳥たち」を思わずにはいられない。これがコブシならば、さしずめ「飛び立った瞬間の白い小鳥たち」なのだろう。私は樹木について詳しくないので、冬の間、通りなれた街路を歩きながら、その両脇に植えられている木々をこちらがモクレン、あちらがコブシと見分けることができない。いつも生ぬるい風が吹いて、花が開き、ようやく判るのである。
それでも、ハクモクレンの花が好きだ。荻窪の清水町にあるアパートで一人暮らしをしていた頃（そうだ、近所で井伏先生が亡くなった頃だ）、向かいの民家の庭にハクモクレンの大木があった。だらしなく続く春休み三月、引越しのアルバイトを終え、銭湯へ行こうと自転車をガレージから出すとき、ふと見上げると幾百という白い小鳥の、今まさに飛び立とうとする光景が視界に広がった。街灯に浮かび上がる幾百の真っ白な小鳥たち。私は、その瞬間に涙が止まらなくなった。なぜだかは分からない。そして、その不意の涙をとても恥ずかしく思ったことを覚えている。東京の騒々しさと気取りと、せいせいするようなほっとかれ方に憧れてふるさとから出てきたはずなのに、と。
その夜は、ギターも弾かずに、寝た。
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