ためらい　　 毬藻（島田奈都子）

他のことを　さておいて

美容に全身全霊を傾けるなど

四十の恋には　ありえないことだった

おとこという生き物を

有体に眺めると

豊満が好きだとか

スレンダーがいいだとか

女をためらわせる　つべこべ言った条件が

永遠の

障害物競争を繰り広げさせる

ねしずまる街路樹

四十過ぎのわたし達は

このことを恋という俗語で

少女達のように美しく歌えない

今だけを尊び　かたぶつの男と

いちもんなしの女が　手を繋いでいるのを

大昔の人間の様にかくしておきたい

わたしたちには既に

野望も　旺盛な食欲も性欲もあまり無く

在るのは

ネジをまくことの不可能な

それぞれの人生の速度に過ぎない

掠れた声の深夜

馬券だとかエステだとか　くだらない話題

を敷き詰めた夜空の下で

わたしたちはときおり

せっかちな流れ星が

化石の様に頑なな心を通過するのがわかる

でも

その温かい流れが

どんな情に属するのかを

けっして解明しようとしてはならない

長い電話のあとに

わからない答えをひとり噛締めながら

四十過ぎの女が　愚かにも　ためらう