7月のピカイチ

 SOUL     川内 遥


 毛利坂を下ると
 神代パーラー、その横が川島の家
 僕は川島の脛の毛を剃ってやったことがある
 やさしく、その、産毛を

 その晩、なんとなくふたりは抱き合って
 でもそのまま何もなく、朝を迎えて
 カーテンの隙間からは「もう」
 朝陽が差し込んでいた
 僕は川島の右の脛を撫でると
 なあ、脛の毛、剃らせて「と言った」
 川島は何も言わなかった
 やーだ、S、とも、「言わなかった」
 ただ黙って煙草を吸いながら
 裸の脚をさらしていた
 僕は川島の右脛にシェービングジェルを塗った
 時々彼女の髪の毛が僕の右手に触れた
 茶色い、枝毛の伸びた髪の毛
 手入れしていないから
 「ぼうぼう」なの

 そう

 空中に向け
 とろんとした目つきをして彼女は言う
 ジョイントでもやっているのか
 でもセーラムライトで彼女は空を飛べた
 そ
 う

 しりしりと音を立てて、川島の産毛が剃刀に当たって
 剃られてゆく
 ねえ、S、こういうのって「せっくる」より気持ちよくない?
 何も答えないでいると「セックス」と川島は言い直し
 「ぼうぼう」って笑った
 右だけよ、右だけ、時間をかけて、ゆっくり、撫でるように。
 S、優しいね、S。川島の指が僕の短い髪の毛の中に
 「入って」来る。

 右脛を剃り終わると「帰ろう」と言って彼女は立ち上がり
 そのままロングのダウンコートだけを羽織って
 冬の公園の入り口まで僕を見送りに出た
 S、私の脚に触りたい?いいよ、触って
 滑らかな右脛にそっと手を当てると
 川島は唇を重ねてきた
 「またね、S」川島は急に「生き返ったような」笑みを
 浮かべ

 剃れ、で
 僕らは
 わかれ
 た

 彼女の死を知らされたのはそれから
 間もなくのことだった
 杉原−こいつが川島の「本当の」彼氏だと
 言われていた男だが−「から」知らされた
 嘘だろ、と僕が言うと
 「だといいよな」と奴は答えた

 僕と川島はよく自殺の話をした
 それは本当に戯れ程度のものだったのだけれど
 僕なら首を吊るな、と言うと、川島は
 「痛いのも苦しいのも嫌だ」と言った
 じゃあ、死ねないじゃんと突っ込むと
 「ジャン、ジャン」とだけ答え
 いつものうつろな笑顔を浮かべていた
 口にはセーラムライトを咥えて

 川島は病気で死んだ
 急性くも膜下出血で、あっという間に即死
 あいつらしい
 痛いのも苦しいのも
 あっと
 い
 う
 間
 の、死

 毛利坂を下ると
 神代パーラー、その横が川島の家
 僕は彼女の右脛の毛を剃って
 冬の公園でわ
 かれ
 た
 だけの、そんな、おとこ「」





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