いまは東京をふるさとと感じる
樋口えみこ

岬は粘土が雨にしめり 滑りやすかった

削られた陸のあしもとを 海がなでていきます

わずかな鉄の鎖をからだの支えにもとめた

きょうは柔和に振る舞っているけれど

いまにも この喉もとまで

膨れあがる　怒りをふくみ

緩やかに上下する厚い水面をところどころ

白い波頭がすばやく移動する

とても　 つめたい

岸の先端から引き返す

高台に建つ田舎の小さな美術館に

中世の音楽を聴きに来たのでした

故郷にほど近い北陸で

彼が笛を吹くのでした

彼はずっとそうして笛を吹いていたのでした

今夜いっしょに魚を食べるでしょう

（不思議だなあ）

知らない人のようにたくさん喋った彼は

隣の部屋で静かになる

雪解けの季節

水っぽい雪の舗道を学校まで歩くあいだ

彼は夢の話をする

彼はよく夢を見た

彼はよく夢を見る話を私に聞かせた

卵を抱いた鳩のような

オカリナを彼は吹いています

ぼおぼおと低く響く音に涙が出たのは

そういう音だから

澱んだ水

知らない人を乗せて

モノレールが浜松町に着く

お忘れもののないように

駅のホームから電話をいれる

（帰りました　からだの具合はとてもいいです）