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§４ 素数 Ｋ．ＷＡＫＵＫＡＷＡ
かけ算をしよう。
と君は僕の席へやってきて言う。
僕はノートを広げてペンを持ち、君の言葉を待つ。
２ケタどうし以上になったら、もうお手上げだ。
暗算が得意な君にはノートが必要ない。
僕はノートが好きだから別にいいのだけれど、
ちょっと悔しいのは確かだ。
僕は君の声を待つ。
２かける５
宣言するように君は言う。拍子抜けして、１０と僕が答える。
そうだよね、と君は笑う。でもこれは肝心なんだ、今の君と僕にとってとても
さ。
そう？ と僕。
じゃ次。
１７かける３１
僕は２つの数字を縦に並べて書き、計算する１かける７ １かける１は１ ３・
７・２１ ３・１が３……。
答えを出した僕に、正解みたい、とそらで計算していたらしい君が言う。
みたいじゃなくて正解って言えよ、と僕。
君はくすくす笑っている。
じゃ次。
国語かける音楽
君に言われたことをそのまま書いて、僕はうーんと言った。そうだな。ずいずい
ずっころばし、ごまみそずい？
あはは、まあそれでいいんじゃない、いい線いってる、と君。
ノートかける黒板
ホワイトボード。
え、それかけてる？ 足してるんじゃないの、と君。
なるほどね、と僕。君は大事を告げる占い師みたいに僕にうんと顔を近づける
と、その２つかけたら、そうだなコルビジェの建物かなんか、と楽しそうに言
う。
君の言うことはよく分からない、僕ならゼッタイオセロゲームだよ。僕は言い張
る。
次ね。
コーンスープかけるブルーブラックの万年筆
なんか、巨大な素数ばっかりかけてる気分、と僕。
分解しにくいのは確かだね、と君。
名前は分解しちゃまずいよね、と僕。
とりあえず不味そうだね、色も拙そうだ、と君。
案外、きれいな石の結晶とかになるのかもしれないよ、と僕。
洋服でもいいね、と君。ジバンシーなんてどう。じゃ次ね。
バンドエイドかける虹
なんかそれ、くるりの歌詞みたいだ、と僕は笑った。遠慮しとくよ、彼らのこと
好きなんだ。
じゃなおさら答えろよ、と君。
僕はしばらく考えてから、「白昼夢」とぶっきらぼうに答えた。
君は横を向きながら、僕なら鳩って言うけどな、と言った。
ハト？ そうだ、君とは、そういえばあまり言葉なんて通じなかった。今頃思い
出した。
そのときキーンコーンカーンとチャイムが鳴った。昼休みの終わり、教室の中が
慌ただしくなる。窓から風がどうと吹きこんで、僕らの顔をたたく。
じゃあ次で最後にしよう。
私かけるその他大勢
いやなかけ算だな、と僕。そういうのは嫌いだ。
いや、名前は分解しちゃまずいっていただろう？ と君。
意地悪な君も嫌いじゃないけど。
別に答えなくてもいいさ。僕と君がいるってそれだけでいいんだ本当は。
それが答え？ と僕。
違うよかけ算だぜ、と君は無表情に笑う。
こうなると君の言うことはますます信用できない。
コンポジション！ と君はつぶやいて自分の席に戻った。
僕は授業の始まりとともに白昼夢に入った。
問１ １７×３１について、実際に計算して、数学的な回答を述べよ。
問２ 素数と名前における共通点を、問題文を参考にして述べよ。
問３ 「私かけるその他大勢」の答えを自由に述べよ。
問４ コンポジションの一例として、新たなかけ算とその答えを一つ考えてみ
よ。
＊自分を取り巻く様々なものを、試しにかけ算してみよう。ただし、その際には
本当に化学変化の起きないよう、呪文的要素は控えることが肝要である。