★penteka guest!　　　　　　　　　　　

日々はしづかに発酵し……

嵯峨恵子

平日の映画館は冷房が効きすぎて

お客もまばら

小さなサンドウィッチの包みを膝に乗せ

私はソクーロフの映画が始まるのを待っている

今日は会社を抜け出した

上司は声をかけてくれる

大変ですね

いつ休んでもらってもいいですよ

友達は心配してくれる

あなたも無理をしないで

息抜きも必要よ

近所の人は気づかってくれる

お母さんを大事にしてあげてください

施設に入れてはどうですか

他人は無責任で親切だ

笑っても泣いても

映画の人生の中では

数時間後には結論が出る

おむつの匂いのする母から

介護にくたびれた父から

積まれた書類の山から

逃れられるはずはない

知っていてなお

闇に目をあける

しづかに発酵する日々に戻っていくまでは

しばし

私だけの時間

泣いても笑っても

　　　　　　＊アレクサンドル・ソクーロフ　 　ロシアの映画監督
　　　　　　『陽日(ひび)はしづかに発酵し…』はソクーロフの作品のひとつ

　　　　　　　詩集「おかえり」(アートランド)収録作品

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