瀬沼孝彰のことなど
滝川久
瀬沼孝彰の訃は倉尾勉からの書簡で知った。その年の夏も暑かったが、海での水浴の季節を
おえ、やや新しい涼気を感じはじめたころだった。そのころ俳句のなにかの本を読んでいたと
記憶する。
たましひのたとへば秋の蛍かな
飯田蛇笏の句を思うと、静かの感覚があらためて、そのときになる。
瀬沼孝彰には恋怪子の教えで知己を得た。「ガレ−ジ・ランド」三号に「死後」、四号に
「入院」、五号に「雪ふるとき」を寄稿した。いま、わたしのところに瀬沼孝彰からの「死
後」の短い批評の文が残っている
。 瀬沼孝彰の謦咳にはじめて接したのは、恋怪子に招かれて、渋谷のアコ−スティック系のライブハウスでロックバンド、ボイラ−ズを聴きにいったと
きであった。瀬沼孝彰から「ガレ−ジ・ランド」への作品の依頼を受けたが、多用らしく、そ
のときはじきにいなくなってしまった。確かボイラ−ズの従来の二人に新しいメンバ−として
寺岡黙が加わったときであった。
そのあともう一度、瀬沼孝彰にまみえたのは五号が上木されたときで、新宿の紀伊之国屋書
店の前に待ちあわせたが、気負うところのない涼しさの人として、わたしの前に現れた。
瀬沼孝彰の詩作品を読んだかぎりにおいて、わたしのなかに瀬沼孝彰のおそろしさをやや警
戒する気持があり、それが一期二会の人の間をそまつにしてしまったのかもしれない。
なにかのおりに、しみじみと幼少のころの思い出を語りあい、あけてもくれても頭を離れな
い生活のことや先々のことを話しあってみたいという願いは切であったが、いまとなっては心
残りの悲しさというしかない。
倉尾勉の尽力によって世に出る「ガレ−ジ・ランド」九号をのぞみえたら、あれこれとさび
しくなることが多いと思う。
「ガレ−ジ・ランド」に集ったものものは瀬沼孝彰を囲繞した純一無雑な彗星というべきも
ので、「ガレ−ジ・ランド」の好ましいはかなさは権威がないこと、選別がないこと、商品が
ないこと、そして腐臭を放つような芸術癖がないことであった。
瀬沼孝彰は遠逝していき、いまは幽明、処をたがえてしまった。あのたどたどしい識見の高
い微笑に接することはかなわなくなってしまったが、なにかわたしと魂に相通じるものがある
ように僭越している。
小田野というバスの停留所から、いくつかの細川に架かる小橋を通って歩く。縄切、美山、
御屋敷、萩園、途切れることなく続く美しい土地の名前を想望し、青い山に向い、面影に夢遊
しつつ愛おしい木の橋を渡る。瀬沼孝彰への掃苔の地は八王子の山裾の禅宗の寺にある。後背
に緑の木々を従えた白い石の墓がひっそりとしていた。
[
HOME] [ガレージ・ランド目次へ]