瀬沼さんとのこと
瀬戸智子
本当にこの一年は、何というか現実離れした生活が今だに続いていて、まわりに起こってい
る全てのことが、まるである朝、目が覚めるまでの長い夢のような気がしています。
1996年6月にニュ−ヨ−クのマンハッタンに来て、そこから半年位かけてジャマイカや
メキシコをまわって帰ろうと思っていたのですが、なぜかアパ−トや職が見つかって、結局一
年もいてしまい、しかもこの7月はここサンフランシスコで、のんびりというか、ダラダラと
いうか、何をするでもなく過ごしているのです。レズにならないように気をつけながら。そし
て来月にはまたNYに戻り、また何が起こるかわからない生活を始めます。人生おもしろくて
仕方がありません。
NYに来たばかりの頃、一人でいる時間が多かったせいか、頭に浮かんだ言葉をノ−トに書
いたりして、それが詩みたいな形になるたびに、前からしていたように、瀬沼さんに送りつけ
ていました。瀬沼さんは惜しげもなくすぐに返事をくださって、それぞれの感想が細かく書い
てありました。一度返事を頂いたのに気をよくして、また何篇か書いて送り、そんなやりとり
を4往復ぐらいやったように思います。最後の返事がきたのは訃報の4・5日後で、消印は、
亡くなる前日のものでした。その手紙の中で、瀬沼さんが最近見た夢のことが書いてありまし
た。“亡くなったおばあさんがでてきて、そのまわりにきれいなガラス玉のようなものがいく
つも漂っていて、それを見ているととても心が安らいだ。”というようような内容でした。そ
して最後に、“無理をしないでいつでも帰ってきなさい。瀬戸ちゃんはもう充分戦ったのだか
ら。”と書いてありました。その頃の私の生活といったら、ただ働いて、それ以外の時間はほ
とんどぐうたらしているだけだったので、これはアイロニックに響き“戦う”なんて場所に立
ってもいない自分のことを恥ずかしく思い、反省しました。
だけど、その間、瀬沼さんとは、日本にいた時みたいに飲んで話したりするのとは違った形
で、本当にいい関係を作ることができ、そのうえたくさんの自信をもらったので、これはずっ
と持ち続けていたいと思います。と同時に、心から尊敬できる先生のような人であり、大好き
な飲み友達でもあった瀬沼さんが、もういないという、どうしようもない悲しみからもなかな
か逃れられないでいます。いつもよりもたくさん“アルカディア”で飲んで、半分泣きそうに
なりながら、“本当のPUNKをきかせてくれよぉ”と、吐きすてるようにつぶやいていた姿
は、誰も見ていなかったかも知れないけど、私は忘れません。
先日、タクシ−の中に財布を置き忘れ、タクシ−会社に問い合わせても、もちろん絶望的で
した。数日後、ある女性から電話があり、保管しているから取りにくるように言われ、奇跡と
しかいいようがないのですが、手元に返ってきました。私のあとに同じタクシ−に乗って、拾
ったのだそうです。物騒なことでは世界有数のあのマンハッタンで、未だに信じられないので
すが、中に入っていた現金、カ−ド、それに最後に会った時に瀬沼さんがくれた厄除けの御守
も無事でした。
1997・7・5 サンフランシスコにて
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