スナネズミの「小田さん」の背にまたがり、
モンゴルの平原を駆ける瀬沼さん

倉尾勉

杉並区善福寺の池近く

この部屋に瀬沼さんがやってきたのは

いつだったか

部屋にはそのとき使ったワープロと机

長細い部屋をうなぎのようにうねるぼくの部屋には

そのとき、生まれたばかりのスナネズミの子供も

もう、おじいさんとおばあさん

「自然ってふしぎだね、こんな部屋でも、

いのちが生まれるなんて」と、

眼を細めて駕籠のなかの六匹のちいさなネズミを見ていた瀬沼さん

そのなかでも、少しちいさく皆から離れてひまわりの種を齧っていたねずみくん

「−−さん、このなかで、このネズミがいちばん好きだよ」と言っていた瀬沼さん

（それから、何匹かのネズミは養子に出しましたが、

（瀬沼さんの好きだったねずみくんは部屋にいますよ

（でもそのなかで、部屋はその当時のままでも、

もう、日が過ぎ去ってしまいましたよ

あれから

ぼくは何度も瀬沼さんに呼びかける

「人間ってふしぎですね

この部屋でガレージ・ランドをつくった、

瀬沼さんがいないなんて」

瀬沼さんが亡くなったあと、

ぼくはそのネズミに瀬沼さんの第一詩集に出てくる

「小田さん」と同じ名前をつけ、

「小田さん」と呼んでいた

そのネズミに手を触れた瀬沼さんの一部が乗り移り

ずっと、部屋には瀬沼さんがいるようだった

日が過ぎて

会社に行かねばならない朝

「小田さん」が駕籠のなかでうずくまっていた

手に取り上げると

半分つめたく、小刻みにひげを震わしたまま、

眼を閉じようとしている

朝、ぼくは動けないまま、

時間がたっていく

もう、すこし

「朝、目眩がしたので、少し遅れる」と会社に電話を入れる

小田さんは

すこしずつ眼を閉じて

動かなくなる

動けない自然の臭いのしないこの部屋の

ぼくの掌の上の

ちいさなネズミの手は

ぼくの手を触れない

近くの川に「小田さん」の亡骸を流しにいった

コンクリート・リバーの橋を渡って

かろうじて、流れをつくっている川

川のできるだけ深みに「小田さん」を流す

その夜、眠りについた

夢のなかで

瀬沼さんはとても小さくなって

「小田さん」の背に乗っていた

スナネズミの故郷

モンゴルの平原を駆ける風になって

ぼくの部屋を吹き過ぎていった

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