システム

添田馨

台風のあとあれほど荒れ狂った天国が

じつに静かな光りを送り

西の空にむすうの雲の鶴を舞わせ

落ちかかる太陽の時計をきっかり四分の一だけ

北のほうへ傾けたとき

地の子午線にそって島々は

またすこしだけ影に近くなっていく

このシステムに従うかぎり

老いは順番にその完熟した果実を

ひとつひとつ正確に射抜いては

台風となってまたどこかの海域をさ迷うのだ

眠っている息子の魂が

寝ていた私の鼻から入り耳の内奥で囁いている

（そういえば夕刻ごろにアブラ蝉が落下して

　ベランダで仰向いていたっけ）

暮れかけた夢路は花梨の実をつけた樹々の列

私は赤ん坊の息子を抱いて

ほらあれが天国だと

静止した空の光りの草原を指さす

それにしてもこの壮大なシステムは

わたしたち親子を生み出し

その前世と来世さえ生み出し

個性なんて一過性の果実の味覚のように

消えていくだけだ

そんな思いもほら、すぐ一瞬ごとの過去になっていく

どんなにしてもこのシステムからは逃れられない

その証拠に

どこか奥深いところから突然

熱い嫉妬の嵐が込みあげてきて取憑くと

息子は泣き赤子の別人になって

えんえんと荒れ狂った

迷ったに違いない彼の魂を捜しに

私が夜の腔腸のなか深く分け入ると

とても狭い峡谷になっていて一緒に眠るしかない

するといきなり視界が開け

銀色に一面さんざめくニュ−トリノの海

だいたいその辺りに沈んでいる息子を見つけ

かくして私は魂の奪還に成功する

能動でもあり受動でもあるシステムの加護よ

朝になってみると

ベランダのアブラ蝉は身を捨てたまま

魂はとうに飛び去っていたのだよ