草原のうた

成田花恵

肩をおとして遺影を抱えたひとと

挨拶の声の小さかったひとが

霊柩車までの

ほんの短い距離を

歩いた日

雨が時折強く降って

天気予報は

概ねの日常を送る人々に

傘をお忘れなくと伝えていた

それから

誰も何もかき混ぜず

新しく届いたコンピューターの前で

時々じっと

止まっているように見えた

夏も

終わる

とても乾いた

昼間のスクランブル交差点の先に

いつもの駅がある

ヒトが黒板の前で白墨を握って

詩を書こうとしているように見える

改札の切符売場で

暗唱してきたはずの詩を

思い出そうとしているように見える

どこへ行ったの

どこへ行くの

光がまっすぐ

いまこの時間に送り届けられる

こころの真空を

どこまでもつき進んでいく

おぼえているだろうか

忘れてしまうだろうか

草原の濃い闇が

地球をだきしめていた

図り知れない闇の広がりに

死んだ草が蘇る

生きてる草が朽ちていく

生き続けられないなら

死に続けることだってできない

それが草原のうた

だっけ

それから

霊柩車が

行ってしまうと

仕事のつづきだ

どうやって戻るかを

並んで見上げて考えていた

駅の改札

黒服のかたまり

お寺の向日葵

詩にはつづきがあるのだろうか

黒板がよく見えない

丁寧に拭き取った

黒板消しから

真っ白な現実を吹き飛ばしているのは

誰だろう

あの日

それから

この日　

その窓は光り

その乗り換え駅は遠く

あの窓は埃にまみれ

あの乗り換え駅は深い

それから

いったい「何時から」のそれからなのか

見分けもつかない

よく晴れた真昼があって

この世のどこかの草原で

日常の洗濯物がひるがえっている

それが詩のつづきだろうか

日当たりのよいオフィスのロッカーで

着替えた喪服が

数着

ハンガーに揺れている