小詩集 三十八年後/病院を出てここで生きるために

倉尾勉

 

三十八年後

 

 

小学校の校庭だった

広場には草が枯れ

教室の屋根も吹き飛んでいる

台風が何回も襲ったのだろう

屋根瓦の下の

理科室で

一〇歳のぼくが

ビーカーに入れたのはどんな薬品だったか

廊下に貼ってあった

毎日小学生新聞

 

ぼくは東京の地下鉄の出口で聞いていた

ポケットラジオ

−ビッチャ、佐々木

 投げました

 空振り、新庄三振

 ベイスターズ、三十八年ぶりの優勝です…………………

 

一〇歳のぼくが見た

大洋ホエールズ、日本一の記事、

三原監督、秋山、近藤和彦、近藤昭仁、

土井、桑田・・・・・・・・・・・・

グランドで歓喜する写真が

色褪せた

記憶の底で

語りかけてくる

廊下の小学生新聞

 

グローブもなく

竹のバットで

球はテニスのボールだったのに

校舎の屋根を越えるホームランを打てなかった

エラーばかりの時代だったけど

 

そのころ、

全校生徒六〇人以上

山村の小学校にも

こどもたちがいた

村の輝いていた日

 

それから、

生徒はどんどん減っていって

何十年か前に廃校になりました

 

それから、また、

数十年後

ホエールズはベイスダーズにかわり

ぼくも村を出て久しかった

ことしは戻ってきた

この校庭のこの場所に

あと、三十八年後

ぼくはもう立っていないだろう

 

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病院を出て                              

 

 

母が胃癌の手術をした

切り取った胃の癌は

一見ただの血肉の塊りのようで

赤く充血して

きれいだった

そばで見ていた

叔父が言った

末期癌で死んでしまった

母の兄の癌はどす黒く

胃部いっぱいに盛り上がっていたという

 

−−早期ですが、本人には胃潰瘍ということにしておきましょうか

 

子供たちが呼ばれた診察室で

主治医はそう言って

子供たちは

 

−−お母ちゃんの胃潰瘍は、あまり、ひどいので切り取ったんやと、

 

口裏をあわせて、本人には告げない

じっさい、母は胃潰瘍で、

治ったり、再発したりの繰り返しだったので

わたしには、どうして、それが、

いまごろ、癌というように診断されたのか不思議だった

ともあれ、

家系の底から

母から生まれたわたしに

母親が胃癌

伯父が末期の胃癌で死に

母親の叔母も乳癌で死に

八十八歳で老衰だとされた祖父も

じつは肝臓癌だったと知らされたとき

思わず、

わたしも癌でいずれ死ぬのか

と、おもいたくなるときがある

 

それから、

しばらくたって

わたしも胃がおかしくなって

胃カメラを飲んだ

どこも悪くありません

気のせいです

と、いわれるのかと思ったら

ポリープがあると言われて

面食らった

 

−−いま、細胞を切り取りましたので、

  一〇日ぐらい経ったら

  結果を聞きに来てください

  

それまでのあいだ

わたしは何も手につかず

 

一〇日後病院に行く

行くと

異常なしといわれる

−−でも、先生ボリープがあるといわれましたが、

−−ボリープ。あっ、どこにあるのだろうか。

  (フィルムを捜している医師)

−−あっ、これか。これはボリープでなく単なる肉の塊かもしれないね、

  まあ、念のためだよ

 

それが、次の安心を呼ぶか

どっちみち、

あと一〇〇年は

わたしも生きていないのだけれど

 

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ここで生きるために

 

 

まだ、寒くはない冬

太陽がほどよく

のぼって

うとうと眠っていたぼくの日曜日

 

すなねずみくんを手にのせて

ちかくの空き地に行く

 

ここはことしのはじめ

雪がふった日

火事で燃えてしまった家の跡だった

また、冬が来て

もう、家のない空き地に

かろうじて、残った草の深みに

すなねずみくんをはなす

 

別名

モンゴリアン・ジャビル

生まれはたぶん東京

売っていた店

田無のJマート

たった二匹で売れ残っていたオス

 

(それから、ぼくの部屋で別のメスと、

 同居しました) 

(こどももたくさんつくりました)

(そのなかには、瀬沼さんが好きだった、

 小田さんもいます)

(でも、小田さんは死にました)

(養子にだした小田さんの兄弟も

 死んでしまったと便りに聞きます)

(死なないまでも、眼がつぶれ、

 歯が欠けたままの兄弟もいて)

 

ぼくも二度ほど死にかけました

そのたびに

生き返ってきて

まだ、生きています

 

その日

ぼくはねずみのことが話せる

女友達に手紙を書いた

 

「ねずみくんはもう、年老いたので、

 よたよたあるくだけです

 走れません」

 

そのひとから

いつか、もらった

「ねずみくんも、わたしも

 いずれ死ぬのだけれど」

と、

いうことばが

ひととき

 

(そうか、

 ねずみくんも

 わたしも

 あなたも

 いずれ死ぬのか)

 

でも、

ここで生きるために

 

四歳の誕生日を過ぎて

ねずみくんは

草むらを走るつもりで

よたよた歩いている

 

 

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