penteka paradise☆
キリスト
基督の店
平居 謙
１
基督の店というのがそこら中にあって、
ため息ばかりつく老爺たちが店番をしている
売っているのは主に
薄汚い骨董品という話だが、
この街そのものがすでに骨董品のようなものであるから
極めてありふれた代物を並べ置いているに過ぎない
いくぶん蔑みの目で以て見ていたこれらの店に
ほおずきのケーキを買った帰りにぶらり入った
２
薄暗い店の中には小刻みにふるえる
一台のプレーヤーがあって、
アラビヤ風の音程を
秘密のことばを告げるように流した。
昔確かに聞いた覚えがあって
それでいて決して全体を思い出すことのできないもの
記された曲名を見ようと
ドーナツ盤の回転に合わせてぐるぐると首を回した
３
同級生の女の子が編んでくれたマフラー
使いもしないで部屋の隅に追いやった
それと同じものが陳列台に並んでいた
編んでくれたんじゃなかったんだ、
長い間もち続けた痛みが薄れると同時に
熱いものがすうっと引いて行くのがわかった
４
店番の坊やは
タバコをふかし続ける
「坊や」じゃなく「老爺」だったはずだ、
と訝しげに見ると
こちらに向かって強烈にめんちを切ってくる※のだ ※ガンを飛ばしてくる
ああ、あの切り方はアンドーに教えてもらったのと同じで、
けっして誰にも負けることのない特別なやりかたなのだ
そんなことを思っていると
ふと隣の男が話しかけて来た
５
そいつはどこで手に入れたのか
小皿に盛られた葡萄のようなものを摘まみながら
「ハンは客のもてなし方を知っている」
というようなことを言った
振り向くと
ひね鳥の首の皮の油揚げだとか
プリーフルーツの赤い実の入ったゼリーだとか
パイナップルの芯に巻き付けた
猫目カンガルーの柔らかい舌の燻製だとか
そんな類いのものを
まるでパーティーみたいに盛りだくさんに並べて
そればかりか
街路からなだれ込んだ大道芸人たちが
スモウレスリングや
火呑みパフォーマンスや
股ぐらの間にぶら下げた二つの林檎に
吹き矢を同時に命中させるのやなんかのへんてこな芸を
とめどなく続けている
６
何か答えようとしたが
あちょお
という叫び声しか出すことができなかった
それで初めて
「燃えよドラゴン」のスクリーンの中に
自分が入り込んでいるのだと気づいた
そのとたん
横の男や
葡萄や
溢れる芸人たちはふっと消えて
銅鑼の轟音とともに
店の主人が現れている
７
主人は豊満な胸をもった犬であった
手招きをするので
猫みたいな奴だと思いながらそれでも駆け寄ってゆくと
「手をこまねいて見ていました」
と二回つづけて同じトーンで言う。
きっともう一度いった後は
くるっと回ってわんというのだろうと時を待ったが
一向にその気配は見せなかった。
８
そのかわりに
これをくれてやるという
三年生の時に、せがんでもらった
あるレスラーのつけていた覆面であった
興行師をしていた父と付き合いのあった
外人レスラーに無理を言ってもらったのだ
うれしくてうれしくて
同じ日連れて行ってもらったレストランで
何度もそれの入っていたメキシコ製の革袋から
取り出してはかぶり、眺めてはしまい込み
そんなことをしているうちにその席に置き忘れた代物である
そのとき以来であるが
斜めに書かれたサインの最後の文字が
変に曲がって滲んでいるのに見覚えがあった
９
レスラーはその年の暮、
遠征地アフリカで犀と戦って勝ち
ヒーローになるはずの故郷への帰路の途中
船の中であっけなく死んだ
その時に彼の鞄の中に入っていた
犀の角も一緒にやる
と犬は言った
10
アラビヤ風の曲が終わると
店はもとの薄暗い店に戻り
老爺がまたため息をつきながら
カウンターの中で売上を勘定している
矢鱈にこの手の店が乱立しているのが
妙にわかるような気になった
だがどうして
基督の店と呼ばれているのか
それだけはついに判らずじまいだった
あの街あたりに足が遠のいて
今年でもう一二年目になる