文句ばかり言っている　　樋口えみこ

子宮が涙を流している

わたしにまだこんなに涙が

残っていたなんて

じぶんのお腹がこわくて

しゃがみこんでしまった

空は遠くなり

コンクリートの隙間に生えている

草の葉が膝頭に触れてきた

向こうの路地の他人の家の前で

わたしの猫が瀕死の雀を

もてあそんでいるのが見えた

満足したら帰ってきて

ボイスチェンジャーを通したような

震えた声でわたしに甘えてくるだろう

爪先に

よくわからない虫が寄ってきた

すぐに死ぬささいな命

わずらわしい

日なたの匂い

血の匂い

とまらない

夏がくる前の予感をはらんだ匂い

これ以上なにが来るのか

車の行き来が途絶えない

うるさい街

うるさい花

うるさいひと

文句ばかり言っている

そしてガス欠

からだは何が不満だろう

くるぶしまで虫がのぼってきて

これは誰かと思うこころをふり払う

からだは何が恋しいだろう

それは

通り過ぎてしまった行為

それは濁った池で

サイクルボートをこいだ足の裏

だくだくと音をたてた水の抵抗

互い違いに力を入れた足の内側

からめた過去から記憶される

あーあ

死ぬまで過去が終わらないことを

忘れてましたよダーリン

と

赤い草をむしった

日陰にいる猫は雀を食べてしまって

生臭い舌でわたしの足をなめに

もうすぐやってくるだろう

あれは誰かと思うこころが残っている

夏がくる

また足の指をなめるよ

空を見ると隙間があるから

死体を何百万連ねても平気なぐらい

ひらいているから

からだよ

いつまでも怒らないでほしい