二時間
Ｔ・Ｍ（宮田 直）
本にはこう書かれていた
「世界は虚無の海に浮かぶ浮島だ」と
私は赤土の土地の上で
一脚の椅子に座って葉巻を吸っていた
この葉巻を私に売った店主によれば
一本吸い終わるのに二時間かかるとのことだった
少し離れた場所では
画家が絵を描いていた
だが彼の筆は画布に横一本の直線を描いたきり止まっていた
どうしたらいいのかとかどうすればいいのかとか
そんな問いに厳密には答えがないのだろう
時間だけが流れてくれればと人は願う時がある
私は読んでいた本のページをめくった
そこにはこう書かれていた
「世界はまぼろしではないが
人間はいつもまぼろしを見ている」
「店主に支払った紙幣がこの先
どんな人間から人間へと手渡しされていくのか
私が歩いている足跡は
青空の向こう側にある人工衛星により認識されているだろうか
耳を澄ませばこの世で行われている
地下鉄工事の掘削作業の音がきこえてくるだろうか」
私はそんなことを考えていた
地平線上には太陽が浮かび
その半分は緑色の光を帯び
音もなく空を巨大な影が横切っていった
地上には白い列柱が数本並び
またあるところには風穴のある赤い壁が立っていた
何かに届かないような気が私にはしていた
葉巻からは静かに一筋の煙がたちあがっていた
画家の筆がかすかに動いた
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