三国川ダムで 　 　　樋口えみこ

三国川（さぐりがわ）ダムで

ふり切ったのは

晴天の空というわかりやすさ

二十年近い時をかけて

岩と砂利を積みあげた

城壁のようなダムに

息をとめられて

沈めば見えなくなります

薄みどりに濁ったみずうみで

ボートにも乗れるのだと

きょう出会った友だちの声がする

この先の洞窟で殺人事件が昔

あったのだと

きょう出会った友だちの声がする

たよりないと思う

わたしたち

黒い谷の奥にいて

人なんにん分を積み重ねれば

あの大きな壁を覆えるか

石と時間の結束の前で

小石をひろって投げる

あなたがはしゃぎすぎているのが

気になる

シャッターを切る音が

遠くなる　でも

最初から近くなかったと思う

ダムが扇を広げて

わたしの返るのを

待っているとしたら

わたし

ダムの石のひとつとなり

あなたたちをここで見送るとしたら

何を感じたらいいのか

わからない

口が勝手に喋っていた

呼吸の継ぎめを意識した

だれも

残らない

雨でふくれた黒い空が

天という言葉を突きつけてきた

時間

雨のひとつ

残らない　あなたが

わたしの左腕をぎゅぅっとつかんだ

目の前のコンクリートに

落ちている荒縄に見えたのは

ふとい蛇

驚いたのはこっちだよ

と

草むらへからだを延ばしていった蛇

からかう声が聞こえてきた

カメラをぶら下げて友だちが

坂の上で立ちどまっている