忘れてしまう
            樋口えみこ
      
     
      
 やがて光あふれる2月
 私は、生き延びており
 あなたたちは逝ってしまった
 私は試練を背負っており
 こんな大げさな物言いを責めるべき人たちは
 いない
 私は何を言ってもいい
 自由だ
 太陽を見つめてみよう
 目がチバチバするよ
 それはさいたま県とはちがうのだけど
 どぅしてこんなことを言うんだろうな
 NOVAうさぎの歌が
 聴こえてくるよそして
 大切なことを忘れてしまう
 声をあげると愉快になる
 それは反射反応だ
 セックスするとお腹がすくよ
 それは体力の消耗だ
 「忘れないよ」と
 必ず言ってみるのさ
 覚えているよNOVAうさぎ
 いっぱいきけて
 いっぱいしゃべれるだけど
 受け入れられないってことなんだ
 二度と会えないということを
 あきらめきれない
 それなのに
 忘れてしまう
    
 そらそら、ムキになっているうちに
 ミニチュアダックスはいってしまった
 いつもそうして見失ってしまう
 シーズー、スピッツ、ペキニーズ、
 ビーグル、柴犬、ポメラニアン、次々と
 登場するいぬ
 コイビトに似合うのは マルちゃん
 あなたたちの圧倒的
 いなさ
 「不在」と、あなたは朱をいれる
 不在、不在犬、愛玩犬
 いるの
 いないの
 まぶしさに
 耐えられない
 街路樹の影が輪郭を闇に溶かしはじめて
 いるというのに店内は
 犬の毛があふれてきて
 あかるくなって
 じゅうまんして
 あなたたちは気が済んでまたねむくなる
    
   
 「まじめなこと書くとまた鼻血がでるように
 なっちゃったんだけどがんばってみるよ」
    
 いぬを連れたひとが
 旧白山通りの坂道をおりていく
 ミニチュアダックスフンドで、チェックの
 ベストを着せられている
 二度と会うことはないだろう、いぬ
 コイビトはこないのだ
   
 きのう
 テレビを見て泣いていた
 震災の被災者を悼むローソクの灯りに
 テレビを見てまた笑った
 NOVAうさぎのCMがおかしくて
 友だちの命日も
 母親の命日も忘れてた
 忘れていたことに泣いてしまう
 泣くと楽になるからだ
    
 いぬは、なかなか前進しない
 飼い主は、辛抱づよく待っている
   
 つよい罰を受けたと感じた
 衝撃も
 まもなく、忘れてしまった
    
 「忘れないで」と
 必ず言ってみるのさ
 何か言わないと間が持たないからだ
   
 窓の外を見下ろしながら
 コイビトが知らない人と
 キスしているところを思い浮かべてみる
 コイビトは、
 うっとりと、目をとじて
 なめられている
   
 彼女のいぬに
   
 いぬは、
 マルチーズが
 いいなぁ
   
 プードルは
 毛の長さとけなげさが足りないのだ
 私は、本気さが足りないのだね
 ごまかすために ときどき
 怒っているんだ
 じっとしていると冷えるから
 今年の冬は格段と  
  
 しかし、
 「やがて光あふれる2月」
 −−天気予報のコラムの言葉
     
 白山で何かを待っていたことも
 わすれてしまう
      
       
      
   

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