戦争論２１ 平居 謙
１
君を探しているうちに
20世紀は暮れました
もはやひとつの戦争です
敵意も憎悪も別にした
新たなかたちの戦です
２
渋谷の英国館というpubに君を探しました
いるはずはないと思ったけれども
もしかしたらそこで
大好きなチーズを食べているかもしれない
そんな幻を探しました
３
ＰＡＲＣＯの書店に寄りました
女子高生の膝裏が
平積みにされていた写真集の高さと同んなじ具合でありました
外気と２℃以上違うと異常な不快を感じることを
立ち読みした「日本医学会臨床実験レポート42号」で知りました
でも君は来ませんでした
４
東急ハンズにも行きました
そこでは人を殴るためのとんかちがあればいいと思いました
当たり前のことながら
そんな物騒なものは売っておらず
たんじゅんに釘を打つ手立てのためのそれが10種近くもありました
こんなに余分なものばかりあるのに君はいませんでした
５
いけない気持ちになってファッションホテルに入りました
空いていたすべてのへやの鍵を買おうと心に決めました
３部屋しか空いておらず
気抜けしました
しめて１万９千円はお得だと思いました
すべて同じ階にあるのに
同時に入ることはできませんでした
空洞の部屋が２つできました
その鍵をポケットに持ったまま眠りました
６
いいことを思いついて
どきどきしました
どうしてそれに気づかなかったのかと
自分を馬鹿だと思いました
全てが解決されたように思いました
君が見つかるのは時間の問題だと感じました
飛行機に飛び乗っていました
７
はじめて君をみたＹのホテルの部屋に走りました
まだ電話のベルが鳴っていました
急いでそれを取りました
ぎりぎりで間に合いました
きみはもう一言も話すことは
しませんでした
君ではなかったのかも知れない
誰かの息づかいは
確かに感じました
８
子猫に顔を触られて目が覚めた夢を見ました
連れて行かないで
と言っているかのようでした
誰を、何処に、
そんな言葉がでませんでした
顔をじっと眺めていると
猫は寝ているのに名前を呼ぶとひげがぴくぴく動く
それとおんなじだね、という声が聞こえました
え、誰が、何が、
と聞いたとたん夢の匂いが消えました
９
仕方なくからおけ宿に行きました
変な名前だと思いました
壁にはやはり変な絵ばかりが張られていました
宇宙から来た知らない人や
動くものや
円盤などが矢鱈に渋い色でありました
こんなはずはないと帰ろうと思いました
10
そのころ彫刻の仕事がたくさん入っていたので
もうどうしようもなく焦っていました
それでも
どうってことねえやと強がっていました
君を探すのが仕事か
君を探すための仕事か
自分でも分からなくなっていました
きっぱりと彫刻の仕事を止しにしました
11
知らん間にＯＳＡＫＡに来ていました
超でかい観覧車ができていました
早速乗ろうと思ったとたんに汗が噴き出ました
一緒に乗った女の子が
魔法の絨毯と呼ばれる絶叫マシーンからずり落ちた日から
10年以上も忘れかけていた惧れがよみがえりました
君がそこにいるかもしれないという思いを
無理に消して急ぎました
12
もう一度部屋を探しました
どうして部屋にこだわるのか
理解できなかった
それは前々から決まっていたような
それとも
夜ばかり生きる君から漂着する電波の
かけらなのか
13
マーケットみたいな場所を歩きました
たくさんの人がいるのに全部同じ色の顔を持っていました
何を売っているのかと覗き見ると
変な色の小さな花束でした
これを撒くと夢が生まれるのです
と売り屋の聾唖者が言いました
そのとき人込みの中にちらっと君の横顔をキャッチしました
夢の種を買うのも放って
全速力で地下道を駆け昇ったのに
すべては徒労に終わりました
14
三人の旅人がゆく手に言葉を紡いでいました
ひとりは以前に僕が旅に出るのを止めにさせた
因縁深い老婆でした
もうとっくに死んでいるはずなのに不思議な気がしました
もう一人は胸を患った後捨てられた可愛そうな女でした
三人目が君で、
手招きをしました
15
夢の最果てにまで来たことを自覚したので
踵を返しました
随分早いお帰りじゃないですか
と「目利き」の奴が冷やかしました
16
「目利き」は「愚鈍」と一緒に
デパートメントストアーを始める計画を持っていたのに
「愚鈍」がその名の通りあまりにも「愚鈍」なので
ひとりで路上独立コンビニ経営に乗り出したのでした
「目利き」は文字通り「目利き」だったのに
それなのに恋の面では
また性懲りもなく
嘘の言葉に魅せられるのでした
17
インディアに行きたい
と君が言った
なんだか文法的に不思議な心持がするよと
正直に感想を言うと
ジェットマシーンのように君は喜び始めて
機密文書の束をすぐさま手渡してくれた
たしかそうでしたね
18
あれからもう一周しただなんて
どうして信じることができるでしょうか
空騒ぎの後の祭りとこちら側では胸騒ぎ
蠢き始めた号砲と仄かに匂い始めた硝煙の黒い香りを
あ、そら、はやく戻らなきゃ、２周目が始まってしまいます
しかも螺旋階段を降りて行くようにさ、
そうなれば君の晴れやかな
さわやかな上昇志向が焦げ付くことになる
19
君を手に入れたことがある
君の手の中に落ちたことがある
それが永遠につづくというのは
誰に対する戒めか、
何を判断基準に淋しんだりしていたりするのか
20
さて、もうどうしようもなく行き方に疲れたならば
どこかに隠れることにする
もともと全てが大嘘の
ちょいとした小道具を左から右へと動かし
やばくなったら幕を下ろして居場所を変える放浪癖の賛同者
灼熱の言葉がない所には
生きてゆくことができないのだ
機密の文書を受けたのも
裏返しに伏せたのも、ただそれだけが理由
たったそれだけ
21
戦争が始まる
痛み分けた敵と
子猫
そして新しい敵
君の領分
の
描き換えられた地図は
旧敵の手に渡ることなく
新しい祭りがきみのこころを賑わせるころ
岸の向こうで
燐火のように
戦争が始まっているが
君はそれに気が付くこともしない
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