今月のピッカイチ!     


泡沫の日々
田辺 弓






ことばをかさねてゆくと
嘘が花びらみたいにはらはらこぼれる
くちびるは無意識の象徴だとだれかがいった
            
6月30日
わたしは見知らぬ駅に降りて
ちいさな駅前商店街を横切っていく
流れにさからって水中をあるいているようで
わたしの体はどんよりと鈍く
        
じゅうかぞえて。
       
そこからはパチパチと体中の細く固い結び目を断ち切って
記憶がない
      
白いすそを裂けるほどにぎりしめて
レースのワンピース
わたしに似合うかしら
    
気がつくと
眦に涙がたまって汚水のにおいがした
     
6月31日
目が覚めるとわたしは泥の沼底にいた
なにも見えなかった
息もできなかった
そんな夢をみた
目が覚めると熱帯魚の水槽のなかで
薄紫の蛍光灯に照らされてちいさな流木が無性に光ってみえた
まばたきはつごうのいい信号みたいに
わたしの意識を変えてくれる
      
6月32日
水槽の向こうでだれかが花瓶に手を合わせている
手と手を合わせて祈る
だいじなのは手と手のあいだになにもないことだ
川原でちいさなガラス石を拾う
これはたましいの欠片
地蔵のような顔をしたひととすれ違い、
すれ違いざまにわたしの糸が切れる
     
ぷつり。
    
駅前商店街のモールにピンクのプラスチック造花が
クルクル、風に揺れてぶらさがっていた
わたしはクルクル、風に揺れて
地面に両手両足をついて、ひとびとの間で嘔吐した
可笑しくて
    
   
6月33日
人形遊びのハウスみたいな家を畳む
ビニールでできた桃色のハイヒールは
汗ばんだ汚い足にそぐわないから
ここに捨ててゆくね
明日旅にでようとおもいます
        
腹にあいた空洞はどこにも通じていない
どこからきたのでもなく
どこへゆくのでもないのだ
     
あおい空をながめているとき
ちいさな泡がひとつ、世界に出現したように









田辺 弓 profile
2000.8top
home
今月の作者紹介